東京高等裁判所 平成9年(ネ)2236号 判決 1998年1月20日
控訴人(附帯被控訴人)
岩﨑マス子
右訴訟代理人弁護士
丸山武
被控訴人(附帯控訴人)
寺内実徳
右訴訟代理人弁護士
吉田康俊
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴及び当審における請求の減縮に基づき、原判決主文第二項を次のとおり変更する。
控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、別紙記載の金員を支払え。
三 その余の附帯控訴を棄却する。
四 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は、これを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)
(控訴の趣旨)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄却する。
(附帯控訴の趣旨に対する答弁)
附帯控訴棄却
二 被控訴人
(控訴の趣旨に対する答弁)
控訴棄却
(附帯控訴の趣旨)
主文第二項同旨(ただし、各内金各一万五九〇〇円につき年一割の割合による附帯請求)
第二 事案の概要
被控訴人は、控訴人に対し、昭和六一年九月一六日から、原判決別紙物件目録記載建物(以下「本件建物」という。)を賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、本件賃貸借契約は、平成元年九月に更新された後、平成四年九月一六日には、期間二年、賃料月額一三万円と定めて、再度更新されたが、控訴人は、平成六年九月一六日、賃料を月額九万円とする契約の更新を申し出て、以後右金額を供託している。
本件は、被控訴人が、控訴人に対し、本件賃貸借契約の賃料が月額一三万円であることの確認を求めるとともに、平成六年九月一六日から平成八年六月一五日までの右賃料と供託賃料との差額及び右差額について借地借家法所定年一割の利息並びに賃料二ヶ月分の更新料とこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は、本件賃貸借契約の賃料が平成六年九月一六日以降月額一〇万五九〇〇円であることを確認するとともに、右賃料と供託賃料との差額及びこれに対する民法所定年五分の割合の遅延損害金並びに賃料二ヶ月分の更新料及びこれに対する遅延損害金の支払請求を認容したため、控訴人が不服を申し立てた。
被控訴人は、当審において、賃料月額一〇万五九〇〇円を前提として差額についての請求を減縮するとともに、平成八年六月一六日から平成九年九月一五日までの月額賃料と供託賃料との差額及びこれに対する借地借家法所定年一割の利息の支払を求めて附帯控訴した。
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三枚目裏三行目、七行目、一一行目「翌月分」を「翌月分(翌月一六日から翌々月一五日までの分)」と改める。
(控訴人の当審における主張)
1 賃料額について
原判決は、鑑定評価額である月額一〇万五九〇〇円をもって、相当賃料額とした。右鑑定において、鑑定人は、差額配分法、賃貸事例比較法及びスライド法による各試算額を算出したうえ、差額配分法とスライド法により算出された賃料を関連づけた額を採用し、賃貸事例比較法による賃料は比較考量するに留めているが、その理由は何ら示されず、むしろ賃貸事例比較法こそ採用するべきであったのである。そして、同方法により算出された金額は九万五六〇〇円で、控訴人が供託している賃料にほぼ相当するものである。
2 更新料について
原判決は、本件賃貸借契約締結時及び平成元年の更新時に更新料を支払う合意がなされていること、平成四年の更新時にはその合意がないが、右更新は明渡を前提になされたことなどを理由に、本件賃貸借契約の更新に際しては更新料を支払う合意があったと認定した。そして、更新後の賃貸借期間が三年であるときは、更新料は新賃料の三ヶ月分、二年のときは二ヶ月分とする合意があったとするのが相当としたうえ、平成六年の更新は法定更新であるが、更新料は家賃の前払い的性格のものであるから、法定更新の場合も更新料を支払うべきであり、控訴人は二ヶ月分の更新料を支払うべきものと判断した。
被控訴人は、平成四年九月以降一貫して控訴人に本件建物明渡を求め、本件賃貸借の継続を認めたことはなかったから、本件賃貸借契約が法定更新されたという原判決の判断は正しいが、法定更新の場合も更新料を支払うべきであるという判断は明らかに誤りである。すなわち、合意更新の場合は期間の保障があるが、法定更新の場合は、更新後の賃貸借期間が期間の定めのないものになり、賃貸人は自己使用の必要があることを理由に、いつでも解約の申入れをなしうることになるから、更新料を支払う根拠はない。
(被控訴人の当審における主張及び附帯控訴理由)
1 被控訴人は、原審において、月額賃料一三万円を前提とし、平成六年九月一六日から平成八年六月一五日までの右金額と供託賃料との差額及びこれに対する利息金を請求していたが、原判決が月額一〇万五九〇〇円をもって相当賃料としたので、右金額を前提とし、平成六年九月一六日から平成八年六月一五日までの右金額と供託賃料との差額月額一万五九〇〇円に加えて、さらに平成八年六月一六日から平成九年九月一五日までの差額合計額及びこれらに対する各弁済期の翌日から完済まで借地借家法三二条二項所定年一割の利息の支払いを求める。
2 本件賃貸借は、合意更新されたものである。すなわち、控訴人は、平成六年九月一六日、本件賃貸借契約の更新を申し入れてきたが、被控訴人は、平成六年九月二二日付け内容証明郵便で更新拒絶の意思表示をした。これに対し、控訴人は、平成六年九月三〇日到達の内容証明郵便で被控訴人の再考を促したので、被控訴人は、結局、平成六年一二月一日、更新の申入れを受諾したものである。その際、賃料については合意できなかったが、更新料を含め、その他の契約条件は従来どおり維持された。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、本件賃貸借契約の賃料は、平成六年九月一六日以降月額一〇万円五九〇〇円が相当であること、控訴人は、平成六年九月一六日から平成九年九月一五日までの期間の、右金額と供託賃料との差額及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきこと、平成六年九月一六日本件賃貸借契約は合意更新され、控訴人は賃料の二ヶ月分の約定更新料とこれに対する遅延損害金を支払うべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由欄記載のとおり(ただし、原判決八枚目表七行目から裏七行目までを除く。)であるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張について)
1 月額賃料について
控訴人は、月額賃料の算定については、賃貸事例比較法を採用すべきであり、差額配分法とスライド法によって算出された鑑定評価額を採用した原判決の判断には誤りがあると主張する。
しかしながら、差額配分法は、正常実質賃料と現行実質賃料との間の差額を賃貸人と賃借人双方に公平に折半して配分するものであり、スライド法は、公租公課等経済事情の変動にともない、現行賃料を適正な変動率によりスライドさせるものであって、いずれも信頼性の高い試算賃料であるところ、原審における鑑定の結果によれば、本件賃貸借契約の賃料は、差額配分法によれば月額一一万二〇二〇円であり、スライド法によれば月額一〇万八三〇〇円となるところ、鑑定評価額は、差額配分法とスライド法によって算出されたこれら金額を関連づけて、月額一〇万五九〇〇円との鑑定評価額を決定したもので、この決定の経緯は相当なものであると認められる。
また、本件鑑定においては、賃貸事例比較法は比較考量の資料に留められているが、比較の対象として採用された事例が、老朽建物でかつ一階という本件建物と同様の条件を具備していない以上やむをえないもので、賃貸事例比較法により、賃料を算出するべきであるとの控訴人の主張は採用できない。
2 更新料について
控訴人は、本件賃貸借契約は、平成六年九月一六日法定更新されたとし、被控訴人は合意更新されたと主張する。
そこで判断するに、証拠(甲五、六号証、同九、一〇号証)によれば、控訴人は、平成六年九月一四日付け内容証明郵便で本件賃貸借契約更新及び賃料を月額九万円と改訂することの申入れをしたところ、被控訴人は同年九月二一日付け内容証明郵便で契約更新を拒絶する意思表示をしたこと、これに対し控訴人が同年九月二九日付け内容証明郵便で再度更新の申入れをするとともに、賃料については後日話合いの上別の額に決定したときには差額を清算する旨の申入れをし、再考を促したところ、被控訴人は、本件建物の建て替えを急ぐ必要はないと判断したうえ、再度の申入れに対しては格別拒絶の意思表示をせず、その後も控訴人に対し、本件建物の明渡を求める意思表示はしていないことが認められる。
右認定事実によれば、控訴人の再度の更新申入れを被控訴人が黙示的に承諾し、これにより、賃料の額については合意に至らなかったものの、本件賃貸借契約の更新自体については合意されたものと認められる。
そして、証拠(甲五号証)によれば、控訴人は、平成六年九月一四日付け内容証明郵便で月額賃料を九万円とすることを主張したほか、その他の契約条項については従前の例によるとの申入れをしており、被控訴人は、本件賃貸借の更新に黙示的に同意したことによって、新賃料を除くその他の条件については控訴人の申入れに同意したものと認めることが相当であるから、本件賃貸借契約は、平成四年の更新時と同様に、平成六年九月一六日から、期間を二年、更新料を二ヶ月分として更新することが合意されたものと解するのが相当である。
(附帯控訴理由について)
1 被控訴人は、控訴人の供託賃料と原判決の認定した月額賃料との差額について、控訴人が借地借家法所定三二条所定の年一割の利息を付して支払うべきものと主張する。
そこで検討するに、同法三二条三項には、建物の借賃の減額について当事者間に協議が整わないときは、減額請求を受けた賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の請求をすることができること、賃借人が請求を受けた金額を支払い、その支払った額が裁判で正当とされた額を超えるときは、賃貸人は、その超過額に年一割の利息を付して賃借人に返還すべきものと定められている。しかし、これとは逆に、本件のように賃借人から減額請求がなされ、賃貸人が相当と認める額の請求をしたにもかかわらず、賃借人からその支払いがなされず、賃貸人が賃借人から支払を受けた額が裁判で正当とされた額に不足する場合に、賃借人が不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとは規定されていない。
これは、減額請求がされた場合であっても、賃貸人が相当と認める賃料を請求したときは、賃借人は右請求に応じるべき義務があり、賃借人が請求に応じないで、客観的に正当と確定された賃料額に不足する額の賃料しか支払わなかった場合には債務不履行になりうるものであって、賃借人が自ら正当と判断した減額賃料のみを支払う場合を規定していないためであると考えられる。
賃料の増減請求権は、いわゆる形成権であって、増減請求の意思表示のあった時点において、賃料は客観的に相当と認められる額に改訂される効果を生じるのであるが、増減請求の意思表示のあった時点から裁判が確定するまでの間に賃借人の支払った賃料が客観的に相当と認められる額に不足する場合の効果につき疑いが生じうる。これを法文上解決し、あわせてこの場合に生じる両当事者の利害を調整するために設けられたのが同法三二条二項及び三項の規定であると解される。このような規定の趣旨から考えると、同条二項、三項が規定する年一割の利息は右条項に直接該当する場合に限り支払うべきものと解するのが相当である。したがって、被控訴人は、裁判で正当とされた額と控訴人が供託した額との差額について、年一割の利息を請求しうるものとは解されないから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
2 被控訴人は、原審において、供託賃料と相当賃料との差額について平成六年九月一六日から平成八年六月一五日までの合計額を請求していたが、当審において、更に、供託賃料と原判決の認定金額との差額について平成八年六月一六日から平成九年九月一五日までの合計額も請求しているもので、この請求は理由がある。
二 以上のとおりであって、控訴人の本件控訴は理由がなく、被控訴人の附帯控訴は一部理由があり、その余は理由がないから、附帯控訴の一部を認め、その余は棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今井功 裁判官小林登美子 裁判官田中壯太)
別紙<省略>